大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(行)50号 判決

原告 尾神幹

被告 国

右代表者 法務総裁

一、主  文

原告が出生による日本の国籍を現に引続き有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告は明治四十四年(千九百十一年)三月一日北アメリカ合衆国(以下米国と略称する)ワシントン州シアトル市において日本人尾神幾八の三男として出生し、日本及び米国の両国籍を取得したが、昭和二年(千九百二十七年)十一月十八日内務大臣に対し原告名儀によつて原告が日本の国籍を離脱する旨の届出がなされ、その後原告は昭和十年(千九百三十五年)八月日本に渡来して昭和十七年(千九百四十二年)一月八日内務大臣に国籍回復許可の申請をし、同年三月十八日その許可を受け、同年七月二十九日右許可に基いて戸籍吏に国籍回復の届出をした結果同日岡山県御津郡一宮村大字尾上二百七十一番地の三に一家を創立した旨戸籍に記載された。然しながら右国籍離脱の届出は原告の父幾八が原告の意思を問わずその不知の間に原告の名義で無断でしたものである。当時施行されていた旧国籍法施行規則(大正十三年内務省令第二十六号)第三条の規定に従えば国籍離脱の届出は国籍の離脱をする者が十五歳未満のときは法定代理人がするのであるが満十五歳以上であれば、本人が自らなすことになつていたのであつて、当時原告は満十五歳以上であつたから、右のように原告の父が原告の不知の間に無断でした届出は無効というべきである。そうして原告のした国籍回復の手続は原告が当時日本の官憲から米国人として取扱われて生活上種々の苦難に遭遇したためなしたものであるが、原告は右のような事情であれば国籍の離脱が無効であるということを考えつかずに国籍回復の手続をとつたのであつて、有効に国籍を離脱していない以上国籍の回復も亦無効である。よつて原告は出生によつて取得した日本国籍を一旦喪失した後国籍回復によつて再びこれを取得したものではなく、出生によつて取得した国籍を現に引続き有するものである。然るに原告の戸籍には原告が国籍回復によつて一家を創立した旨記載せられているので、その戸籍を訂正する必要があり、また、原告は出生による日本国籍を現に引続き有するのであるから米国国籍法によるも米国籍を喪失せず、従つて、日本においても米国人として法律上種々有利な取扱を受け得るのみならず、国籍法第十条の規定に従つて将来日本国籍を離脱し得るに拘らず、形式上は国籍回復によつて日本国籍を取得したことになつているため、米国国籍法によつて形式上米国籍を失つたことになり、従つて日本においても米国人としての特権を享有し得ないのみならず、最早国籍離脱の自由を有しないことになつているので、原告が出生による国籍を現に引続き有することの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である」と陳述した。(立証省略)

被告指定代理人は「原告の訴を却下する」との判決を求め、本案前の抗弁として、「原告の本件訴は確認の利益を欠くから不適法である。すなわち、(一)原告の戸籍に記載せられている国籍の離脱及び回復がいずれも無効であるならば、その戸籍の訂正はなるほど確定判決によつてなされなければならないが、それがための確定判決はその主文において右国籍の離脱及び回復が無効であることを宣言する趣旨の判決でなければならない。原告が本訴によつて求める判決は原告が出生による国籍を現に有することの確認を求めるものであるから、たとえその理由中で右国籍の離脱及び回復が無効であると判断されても、その判決に基いて戸籍を訂正するに由ないものというべきであつて、右戸籍訂正の要ありとの点について原告は本訴の確認の利益を有しない。(二)また、原告が米国籍を有するかどうかは米国国籍法の定めるところによつて、原告が米国において出生したことと、原告が国籍回復によつて日本の国籍を取得したものでないこととによつて認められるのであつて、原告が出生による国籍を現に引続き有することによつて直ちに原告が米国籍を有することになるのではない。原告が米国籍を有するならば日本において米国人としての取扱を受け、また、日本国籍を離脱し得ることになるが、それは原告の求めるような判決によつて直ちに認められるのではないから、原告は本訴についてこの点における確認の利益をも有しない。原告が現に日本国籍を有することは被告の争わないところであるから、原告は何ら本訴について確認の利益を有しないものである。よつて本件訴は不適法として却下さるべきである」と述べ、本案について「原告の請求を棄却する」との判決を求め、本案の答弁として、「原告の主張事実中冒頭から原告が一家を創立した旨戸籍に記載されたまでの事実は認めるが、その他の事実はすべて争う。仮に原告の国籍離脱の届出手続が原告の父幾八によつてなされたとしても、それは原告の同意の下になされたものと認められるのみならず原告は国籍回復の手続をしたことによつて国籍の離脱を追認したものと認められるから原告の請求は失当である」と述べた。(証拠省略)

三、理  由

まず原告が本訴の確認の利益を有するかどうかについて判断する。

原告の戸籍に原告が一旦離脱した国籍を回復した旨記載せられているに拘らず、その国籍の離脱及び回復が無効であつて、原告が出生によつて取得した国籍を現に引続き有するならば、その戸籍は訂正せらるべきことは言うを俟たないが、このような戸籍訂正は単に家庭裁判所の許可によつてはすることができず、戸籍法第百十六条にいわゆる確定判決によつてなすべき場合であると解するのが相当である。そうしてその訂正は判決主文の内容に従うように訂正されることを要するが、その訂正する内容は直接判決主文に表現されていることを必要とせず、判決主文の直接由来する判決理由中の判断でも足り、これと矛盾しないように訂正されるべきであると解するのが相当である。原告が国籍の離脱及び回復が無効であるとの前提の下に主文のような判決を求めているのであることは原告の主張によつて明かであるから、従つて主文のような判決によつても右のような戸籍訂正ができるものと解せられ、原告はこの点において既に本訴の確認の利益を有するものというべきである。

更らに米国国籍法には自己の意思によつて外国の国籍を取得した者は米国籍を喪失する趣旨の規定が存するから、原告が出生によつて米国籍を取得していたが国籍回復によつて日本国籍を取得したとすれば米国籍を喪失したこととなり、これに反し出生によつて取得した日本国籍を現に引続き有していて国籍回復により日本国籍を取得したことがないとすれば、米国籍を喪失しなかつたことになるのであるが、米国籍を喪失しているかどうかによつて原告の日本における国内法上の法律関係も種々異なり、殊に原告が米国籍を有しているならば国籍法第十条の規定によつて日本の国籍を離脱し得る自由を有することは明かである。もつとも原告が米国籍を有するかどうかの終局的判断は米国裁判所のなすところであつて、日本の裁判所において原告が米国籍を有するかどうかを確定することはできないが、原告が米国裁判所において米国籍を有しないと確定されない限り、日本の行政機関等において原告が米国において出生し米国籍を取得した事実と、原告が出生によつて取得した日本の国籍を現に引続き有しており国籍回復による等自己の意思に基いて日本国籍を取得したものでない事実とに基いて、米国国籍法に従い、原告が現に米国籍を有する者であると認定することは毫も妨げないものというべきである。よつて、原告が現に日本国籍を有することは当事者間に争がないけれども、原告が米国において出生し米国籍を取得した事実が当事者間に争いのない事実として肯定される以上は、右の点においても亦原告が出生によつて取得した日本国籍を現に引続き有することの確認を求める本訴の利益があるものといわなければならない。

よつて本訴が確認の利益を欠くが故に不適法であるとなす被告の本案前の抗弁は失当である。

よつて進んで本案について判断する。原告が明治四十四年(千九百十一年)三月一日米国ワシントン州シアトル市において日本人尾神幾八の三男として出生し、日本及び米国の両国籍を取得したが、昭和二年(千九百二十七年)十一月十八日内務大臣に対し原告名儀で原告が日本国籍を離脱する旨の届出がなされ、その後原告は昭和十年(千九百三十五年)八月日本に渡来して昭和十七年(千九百四十二年)一月八日内務大臣に国籍回復許可の申請をし、同年三月十八日その許可を受け、同年七月二十九日右許可に基いて戸籍吏に国籍回復の届出をした結果原告主張の場所に一家を創立した旨戸籍に記載されたことは当事者間に争いがない。

原告は右国籍離脱の届出は無効であると主張するから按ずるに、甲第二号証(国籍離脱届)の原告名儀の署名は、当裁判所の検したところによれば、満十六歳八カ月の少年(原告が当時満十六歳八カ月であつたことは右争いのない事実によつて明かである)の筆跡とは到底認められず、成年者の筆跡と認められるのみならず、本件記録に編綴されている受託裁判所の昭和二十六年四月四日午前十時の証拠調期日における原告本人の訊問調書添付の宣誓書の原告本人の署名とは全く筆跡が異ることがわかる。もつとも右国籍離脱届の原告名下の拇印は判然としないが、右の署名を検した結果と証人尾神登幾の証言及び原告本人の訊問の結果を綜合すれば、右の国籍離脱届の書面は全く原告の父尾神幾八が作成したものであつて、同人は原告が日本国籍を有しているまゝであると毎年領事に届出でる必要があり、しかも徴兵検査の延期願の手続をしなければならないのが面倒であるため、友人が息子のため国籍離脱の手続をとつたことも聞き知つて、同様の手続をとるに至つたものであるが、その際原告の意思を確めることもなく全く無断でなしたものであることを認めるに足り、右認定を覆すに足る証拠はない。そうして旧国籍法施行規則第三条の規定によれば、満十五歳以上の未成年者が国籍離脱の届出をなすには法定代理人の同意の下にではあるが本人自らなすことを要することが明かであり、原告が当時満十五歳以上であつたことは前記のとおりであるから、右のように第三者が本人のなすべき行為を本人の不知の間に無断でなした本件の国籍離脱の届出行為は当然無効であるといわなければならない。

被告は、原告はその後国籍回復の手続をしたからこれにより国籍の離脱を追認したものであると抗弁するから按ずるに、原告が昭和十七年(千九百四十二年)一月八日内務大臣に国籍回復許可の申請をしたことは原告の自陳するところであるけれども、国籍回復の手続をなすことがそれ自体として国籍離脱の明示又は黙示の追認となるものとは到底解し難く、その他にも原告が右国籍回復の手続をなしたことが国籍離脱の追認とは認められると解せられるような事実の存したことについては何らこれを証する資料がないので、右の被告の抗弁は採用できない。

そうして原告のなした国籍回復許可の申請及びその申請に基く内務大臣の許可処分はいずれも原告が有効に国籍を離脱したことを前提とするものであるから、前記認定のように原告の国籍離脱が無効である以上、右許可申請及び許可処分も亦当然無効であるといわなければならない。

しからば原告は出生によつて取得した日本の国籍を国籍離脱によつて一旦喪失した後、再び回復したものではなく、出生によつて取得した国籍を現に引き続き有していることは明かである。

よつて原告が出生による国籍を現に引続き有することの確認を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 鉅鹿義明 今村三郎)

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